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指すの神子の社

自分と、まわりから

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自分が心からやりたいことでなくても、周囲や一般論的に「そうであるべき」という価値観をおしつけられて、役を自分自身につけることがあります。

たとえば、子供のときに、本来自分自身が妹弟を望んでいなかった。だけれども、「姉だから、兄だから下をかわいがらなければならない」と教え込まれ、かわいがる役を己に課していたらどうでしょう。

それは自分自身を縛り、傷となり、大人になっても後輩をかわいがらなければ、子供をかわいがらなければ、ときゅっと自分の首をしめます。役が自分をしばって、駆り立てて、尽くそうとします。

そしてそれを妨げたり、かわいがったのに自分になついてくれない、砂をかけられたとなると、そこに怒りが生まれます。

かわいがることが当たり前、当たり前だとおもっていることが自分の心からしたいことですか。

それを自分自身に課して縛っていませんか。役をつけていませんか。

これは一例ですが、自分自身が心からやりたいことではないのに、そうしなきゃとおもっていることがありませんか。

それを考えて紐解いていくだけでも、心というのは縛りから放たれるものです。

また、かわいがるというのは相手に「かわいがられる」役をつけるものです。

あなたが役によってかわいがった相手というのは「かわいがられる役」がつきます。

本当にかわいい、愛しいとおもうのならば、相手がなにをしてもかわいく、受け入れられるものです。

ところがかわいがる役によってかわいがったものというのはそうではない。

「かわいがられる役」のついた相手はかわいがられようとします。無意識に、あなたのつけた役によって縛られ、かわいがられる自分、弱い自分を作り出します。そして、あなたに見放されるとなると恐怖・不安・怒りが生じます。なんでかわいがってくれないの!という怒りです。どうしてかわいがってくれないの、なんでだよという不安です。

人に「かわいがられる役」をもとめたのです。人に役を付けるということは相手も縛っているということなのです。

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