理解する、悟る。

いつもごらんいただきましてありがとうございます。

理解する、わかる、悟るというのは「知ること」「認めること」にプラスして「経験すること」によってはじめて成るものです。

たとえばこのブログでいくら「悪意」「悪魔」「きず」、自分の中の煩悩があるよ。それが己を苦しめているよ、と言っても、それを知識だけで知ったとしても、自分にむすびつけなければただの知識です。

知って、認めて、そうなのだと理解して、それが己の中にあるとみて、それを外すことを天、あるいは自分自身の努力などでなさらなければ因縁でも悪意でも切れません。

悪意・因縁切っていったとしても、自分の魂に傷がついていれば、それによってだれか、何かに傷を合わせようと傷をつけようと心はあらぶります。

そして、自分の中には悪意だけでなく、自分自身が作り出した様々なお顔があります。

脳内会議といいますか、自分が何かしているときに入ってくるもう一人の自分がありませんか。

「いまそれやっている場合じゃないでしょ」「いやいや、これやらないとまず」「諦めたら?」「やっても無駄でしょ」「無駄かもしれないけどやってみないとすすまないし」「これすればもっと儲かる」「それリスク高いじゃない」「あーほらざまあみろ」「これして失敗したらどうする?」「失敗してもいいからやってみよ」

と脳内で自分自身が会議することはありませんか。

それらもまた、自分自身が過去から生み出してきた者たちです。自分がうみだした人格たちです。

それらがあると、脳内がとてもうるさいものです。そういったものたちも、ある程度祓っていけば、統一させることもできます。

脳内会議が起こらず、自分自身の意識が一つになるので集中できますし、よけいなことにまどわされなくなります。

おのれの中にすべてあります。

人や周囲、天のせいにするでなく、己の中にまずある。自分が理解できていないから払えてない。己のまどわしは外や悪意だけでなく自分からもおこる。

そういったことも進んでみていかれればよいと思います。

 

コメントする