納得しなければ、認めなくてははずれない。

投稿者: | 2018年8月13日

いつもごらんいただきましてありがとうございます。

最近の案件で多いのが、「親の運気(運命)はずし」です。天から言われて親の運命、才能、そういうものをはずして、自分自身天にゆだね、運気も役も天に臨み、いただくには親から継いだものを一度外さねばならないといわれ、クライアント様には説明して外しております。

魂というのは自由です。前世軍人だったとして、重火器を用いたとしても、いま生まれて女性になったとしたらどうでしょう。その経験も才能も持ち越してきませんね。才能というのは因縁です。なにぞなしとげなければならないことがあればその才能が引き継がれる家に生まれます。人がうまれて親からいただくのは運気、顔、才能、香りです。顔は人格や品格、面子、プライド、対面、人に合わせて変えるペルソナを。才能は親から引き継ぐものを。香りは雰囲気であり、その人独自のものです。誰一人おなじものはありませんが、親からひきつぐため親に似ます。運気、顔、才能、香り。これらが生まれる際に親からいただく、そういただくような親を選んで生まれてきます。親が運が悪ければ当然子もそれに準じます。親が運がよければ子もまた運が回ります。ある程度ぬけるためには結婚などして相手の家に入ることで、相手の家の因縁、相手の親を自分の親とすることで、相手の親の顔など受け継がれます。

もし、嫁いだのに、相手の家は相手の家、義父母を自分の親とおもわなければ、いつまでたっても自分自身はもとの家のものを引き継いだままです。

運命変えたいと嫁いだのに、いつまでたっても相手の親を自分の親としない、相手に家に入ったと思わない、夫の家によりそわねかれば、自分自身の魂が納得しなければはずれません。

親の運気をはずしたり、親の才能を天に願って外したとしても、自分自身下心があり、どこか親に依存したい、どこか親の才能は手放したくない、だって親は商才あるし・・・などおもっていればはずれません。そうなると、自分自身が納得しない限りはずれません。納得したときにすっとはずれます。

才能というのは因縁あって駆り立てられるものであり、その一辺が増えていくこと、増えることに特化しているものです。恋をする才能あれば女の子をいいとおもってときめくことが増えたり、歌をうたう才能があれば口ずさみ、歌うことも増えるでしょう。ものを作る才能あれば、手元にあるものでなにかつくりたくなります。才能と世間に認められる、ということは別であり、増えていくことが才能ですから、自然と駆り立てられるものです。

親からもらった才能をはずすと、そういったものが自然と薄れていきます。なくなりはしませんが、自然とあまり駆り立てられなくなります。

その代わり、自分自身が望んだことを、天にもとめればいただけるようになります。

主人なんぞ、親の才能を外して自分の道を行きたい!といっておきながら、スケベ心で「いや、でも恋する才能は外したくない・・・」「才能なくなるなんてもったいない」と思うあまりに、いつまでたっても外れずに「才能が欲しい才能がほしい」とばかり言い続けておりました。上記説明してやっと納得したら「胸のあたりから具合の悪さがこみあげて、なんかでてった・・」とぼそりといっていました。納得したのではずれたのでしょう。このようにいくら天にはずしてもらっても、どこかそれは持っていたい、と思うと残ります。

望んで神さまがたに祓ってもらっても、自分自身執着していれば外れないんだよ、といういい例をみせてくれたということでしょう。早速こうしてブログに書くネタを提供していただけました。感謝。

コメントを残す