成果をもとめること2

投稿者: | 2018年8月11日

いつもごらんいただきましてありがとうございます。

成功心、というものがあります。これは成功したい、成果を上げたい、
豊かで失敗などなく、満ち足りた生活をしたい、という人の煩悩です。それは以前のエントリーで書きました。

今回はその補足になります。

それでは成功とはなんでしょうか。
お金があれば成功だ、と思い、人はお金をかせごうと躍起になります。そうなると今度は忙しすぎてぎすぎすし、
それなら豊かでないと働かずにお金を儲ける方法を模索します。
そうなると今度は自分がなにかを生み出しているわけではないのですから、当然投資もなにも運任せ、人任せ、時代任せになり
その上下でぴりぴりします。
成功したい、という心は裏返すと失敗したときの恐怖をさらに倍増させます。
失敗するならこれはてをつけたくない、成功するものしかしたくない。
そうなると人の選択はどんどん狭まれていきます。
成功、というのもまた曖昧です。
人の悩みは尽きず、お金があればこんどはそれが目減りすること、減ること、人に奪われることになやみ、
なければ悩み、
子どもが生まれない、子供が成長がおそい、子供がいい大学にいけないと悩み、子供が自分の後を継いでくれないとなやみ
遺産配分でまた悩みます。
どこにいっても本人が「自分自身で提供し、与え、天にのぞみ、いただいた中でより向上していき、日々穏やかに生きる」ということに気づかないかぎり
人の暮らしなど地獄でしかありません。
ないならないなりに暮らし、太陽と地面があれば物はつくれ、海があれば漁をし、自分がもっているものを他人と交換していくというあたりまえのことを心にとめておくことです。
より便利にしよう、より分配しようという税金もそれはそれで悪いものではありません。
道路でも、それを維持していく人やものがなくてはなりません。
成功しようという心があれば、失敗を脅威となって、自分自信を縮めてしまうこと、
これ払っていかれればよいのです。

成功したい、失敗したくないからなにがなんでもお金になるもの、サービスを考えなければ。

失敗したくないから失敗しない、うけるものをつくらなければ。

この考えで大きくヒットするものというものはそうありません。それこそ巨額の富をつぎこみ、成功する、失敗しないもの、というのをつくろうとして赤字になるものも多いでしょう。

自分自身、なにをもっていて、なにを提供できるか、提供すること、滞納はずして、約束をむすぶことです。

聖書にもあるでしょう、主の祈りにあるでしょう

「日用の糧を今日我らにあたえたまえ」です。

日用の糧には、生きていくための衣食住税金ふくめてすべてふくまれます。

それらを与えてもらうことです。

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