つみあげること

いつもごらんいただきましてありがとうございます。

さて、これまでたくさんマイナスを清算することを書いてきましたが、そろそろマイナスを清算したあとのことも書いていこうと思います。(因縁についてはこれからもかきますけれども)

ある程度魂が軽くなったら、やっと人は積み上げることができます。それすらも学びです。縁は写し鏡と申しましたが、鏡に映るのは欠点だけではありません。美点もです。

相手をみて、自分が足りないものに気づき、それを認めて積み上げていくという学びにはいります。身の回りには学ぶことがたくさんあります。己の内なる悪意悪魔、重い因縁を消し込むだけでなく、良いものは学んで取り入れていくことです。

人をみとめること、感謝をすること、人の好意を受け取ること、上手に好意を授受すること。満たされること、生み出すこと。

これらは欲を打ち払い、その上で求めていくと、とてもよいものが自分の内に芽生えます。

一つとある六本木にビルをたて、御殿のような生活をし、美女を何人もはべらせている会長さんがいらっしゃいました。最初は楽しかったそうです。なのに全然楽しくない。欲しいとおもったものは手にはいるけど。手にはいったとたんいらなくなる。美女も本当に自分を愛してくれているわけではない。心が自分にない。おいしいものも食べていたら飽きる。満たされない、満たされないけれども、常に回りからはうらやましがれ、やっかまれ、お金を狙われる。山奥にひっこんで別荘にこもって自給自足しているときにすごく充実した。でもこの地位は捨てられない。

と悩んでいらっしゃいました。何を贅沢な、とお思いになるかたもいるかもしれませんが、ひとというのはどのようにしても悩みます。

よいうちには気づかない、ちょっと躓いたときや風向きが悪くなると悩む。愛で悩む、お金でなやむ。ひとというのはどこまでも苦しむようにできています。そこに欲があり、その欲で得たものがまわりに満たされていても、自分の魂は何一つみたされていません。

欲がなくなったときにはすべてを失います。あるいは他人の欲に負けて失墜します。

欲をすて、自分の目と魂でそのものの価値を見、内側を満たしていかなければ、いくらお金があってもそれは真実ではありません。

貧することがよいわけではなく、自分をきちんと満たしていき、その上で自分の器にちょうどいい財を天からいただき、それを還元してまわしてくのがちょうどよいのです。

人には人の身の丈にあったお役がきます。その役をきちんとこなし、いらないものはすて、自分を満たしてくと子々孫々まで栄えていくことができるのです。

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