霊が見えるひと

いつもごらんいただきましてありがとうございます。

霊がみえてお困りの方、どうしても見えてしまってどうしようもなく苦しいかた。その方は当然霊との因縁があり、それを解消しなければならないから見させられています。

いくら目を背けても、どなたかに封じてもらっても、その因縁はいずれやってきます。わたくしのところに来る方で、霊がみえる、封じてもらったという方が月に一度はこられます。いくら封じてもなにかのきっかけにまた解除されてしまうのです。因縁とは強制的なものですので、それを解消しないかぎり逃げて先送りにしてもいずれやってきます。自分で解消できない場合、子供に引き継がれるか、来世に持ち越しです。どなたかがその因縁肩代わりする場合もあります。霊能もった祖母が「おばあちゃんがもっていってあげるから」というお話しなんてよくあることでしょう。誰かが肩代わりしてもってってもらえることもありますが、肩代わりした方が来世同じようにがんばらなければなりません。それなら腹をくくって因縁きることです。

霊がちょっと見える、というくらいであればたまたま波長があっただけですが、悩まされる、よく見えるというのはそれだけ「やらかしてきた」ということです。やらかしの内容はお察しください。霊ですから。

さて、解消方法ですが、霊を天にあげて救って輪廻の輪に戻して差し上げることです。あるいは、人の命をたくさん救われることです。どちらでもかまいません。

霊となってさまよってしまうと、自力ではどうにもなりません。そのご家族がきちんと供養なさったり、死んだときに天界にガイドによって天にあがった場合はよいのですが、無縁仏であるとか強い未練を残したかた、自殺した方はそうもいきません。霊になると自我がうすれてきますし、孤独なまま、なぜここにいるのかあいまいになってきます。孤独にさまよっている中、誰かに助けを求めようとします。自分を認識してくれる!とおもったら全力でのっかってきます。自分がたすかるかもしれない、すがれるものならすがるというのが霊です。

ですから、見えるかたはそれが導きであり因縁ですので、天にあげてあげるのがお仕事です。仏門にいらっしゃる、帰依してらっしゃるというのならその神様のお力かりて成仏させるのもよいでしょう。

そうでないならいくつか方法があります。一つが徳を積み、陰徳を積み、その徳を浮かばれない霊にすべてせっせと差し上げることです。せっせせっせと差し上げて、霊が徳つけて浄化されたら神社に詣でて天にあげてもらう。これが一つ目。

もう一つが式神おろし、その式神に天からいただく徳の実わたしてせっせせっせと霊に供物としてささげることです。徳の実でなくても、霊のために用意する供物(ごはんとかお酒とか)でもかまいませんが、持ち歩きも大変でしょう。

また、式神なくてもその霊のために身銭きって、神社に賽銭多めにはらって(三千円くらい、あるいは因縁強く、罪多い霊なら7千円くらいでしょうか)神様におまかせするという手もあります。

どうしようもなく深く憑き物としてついている場合はそれだけ深い因縁でして、なかなか切れないものもありますので、その場合は個別対応で、その周辺の因縁切りからやらねばならぬことではあります。

霊を天にあげることによって帰ってくる徳というのは結構大きいのです。自分の徳つけて、天に返してその恩が霊から帰ってくるという不思議な循環が生まれます。

まず、自分の身を切ることにより、その想いがいずれまわりまわってくるのですから、霊がみえるからといってネガティブになることなく、これも因縁解消、成仏させきったら徳もつめるぞ、マイナス清算できるぞとおもっていただければと思います。

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