一度祓っても終わりではない

いつもごらんいただきましてありがとうございます。

ご依頼いただいているクライアント様の中には「ああ、これは祓った方がいいな」という方もいらっしゃり、その方にはご提案しております。大体一度に3~4千円程度いただいております。他の方から言わせると、これは「ばかげている、少なすぎる」というものですが、おおよそ神社にいき神様に浄化と祓いを頼むときこの対価でどこの神様もやっていただけるので、お力かりてさせていただくのに、これ以上の対価はとれないと思っております。

その時、不要なもの、でてきているものについてはとりますが、一度祓ったからといってそれは全くとれて今後つかないということはございません。人はどうしても生きているだけでためこみます。人からなにか言われたり、イライラしたり、道を歩いている中、こちらの魂の中に悪意があれば、それに同調した何かを拾ってきたりします。どうしてもカルマの強い方は抱え込んでいるものが大きいので、つぎからつぎへともってきます。祓った方がいいな、まず祓いなさいと天から言われた場合、わたくしもクライアント様にそれを提案します。だからといって、引き寄せやすい方は、そこで安心するのでなく、「きれいになったんだから、そこから保つように」しなければなりません。お部屋の掃除をプロにしてもらってピカピカにしたからといって毎日過ごしていればごみもほこりもたまります。ためないように、続けなくてはもとにもどります。

どうしても人の話を聞く方や、わたくしのようなもの、人に相談を受ける方というのはその人のものまで背負い込みます。その人の悩みをきいて、相手はすっきりするでしょうが、こちらはその分相手の「なにか」を受け取ってしまいます。

相手の中になにか大きな憑き物がついていて、その憑き物と自分の中のもの。執着であるとか悲しみであるとか憎しみとか妬みとかそういう強い感情からくる悪意があれば憑き物は容易にこちらに乗り換えてきます。「あ、こっちのほうが居心地いい」とするりとはいってきます。霊はとりやすいのですが、悪魔はとりにくいです。

悪魔というと以前も記事にしましたが、人の悪意が肥大して、個をもったものです。これが入るとどうなるか。面倒になったりします。しんどい、面倒、体がおもい。あとは、善いことと分かっていても、それを否定する言葉が浮かびます。これをやっても意味ないんじゃないか、やめてしまおう、などです。せっかく積み上げたものでも、直前でやめたくなります。

悪魔をとるには、自分の中にある「妄執」「執着」「妬み」「恐怖」そういうものを自覚しなくてはいけません。まず、なぜ自分が苦しいか、その部分を深く見つめねばなりません。また強い悪魔であれば式神では取れない場合もあるので、神社にいったり、とってもらったりしないといけません。自覚しないものはとれません。

我が家では週に一度から二度、ここにいけ、と言われた神社に詣でます。連休となると遠出します。今週はちょっと遠出です。

クライアント様に向き合い、祓い清めていくうちに、己の中にある「そういったもの」に気付かされることがあります。まだまだわたくしの中にも悪魔に同調してしまう「なにか」があるということです。ああ、入り込まれた、これは自分の中にある、なにに反応したのか自問自答し、その言葉に惑わされず、真意を見、それを自分の中にある何かごと祓い清めるべく精進です。

内観して、内にある魂のパターンごと清めていく。魂から余計な欲求やこだわり、重いものをとっていく。神社に行く方は月に二回ほどでもよいのでぜひ続けてください。会社帰りに、ちょっとしたときに、続けてください。これが数年後大きく違いがでてきます。そのうち、実際あった話を記事にしたいと思います。

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