こころのなかのうつろ

投稿者: | 2017年9月4日

いつもごらんいただきありがとうございます。

人の魂にはだれもが「うつろ」な部分があるのだそうです。魂の死角といいますか、一部分だけぽっかりとあいている虚ろがあり、どれだけ浄化をしようと何をしようとあるものはあるのだそうです。

そこに、魔というのがはいりこみやすく、魂と同化するので、虚ろに入り込んだものというのはなかなか浄化しにくいと神様方が昨日おっしゃっていました。

うつろを埋めるのは魂から愛し合った夫婦やパートナーであり、ひとというのは夫婦でやっと埋まるようにできている。お互い許しあったパートナーだけが、その虚ろを埋める可能性がある、とのことでした。もちろん、愛し合っていないとうまりません。片方に信頼や愛がなくてはなりません。妥協の婚姻ではうまりません。片方だけの愛ではうまりません。

それを聞いて対極図を思い出しました。

人の魂は不完全なもの。それをうめていくのがパートナーです。

結婚するのもしないのももちろんひとの自由です。また、結婚しても虚ろがうまらないそんな相手もいます。お互いの愛と信頼なくば、自分の魂を相手にささげなければうまりません。うつろが埋まっていない結婚もたくさんあります。

もちろん、うつろを抱えたままでも人は生きていけます。楽しく生きていける道もあるでしょう。

ただ、もし、自分の魂を埋めたい、どうしてもぽっかり満たされないことがあるという方は、頑張ってパートナーをみつけてください。条件がああだこうだだけでなく、この人なら魂ささげてもいいという相手を探してください。

いまは、男も女も探さなくてはみつからない時代です。むかしのように道祖神のお導きも、結婚をせかしてくる近所の方もいません。相手が自由にみつけられるということは、それだけ自分が頑張らないといけないのです、どっかにいい人いないかな、でなく、どこかにいるはずだ、なにがなんでもさがさないと!とどなたも果敢に探していくのです。旅をしないとみつかりません。

いい季節になりました。うつろをうめるたの旅に出るのもいかがでしょうか。

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