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指すの神子の社

人の肉体をうごかすだけのたましいはいっぱい必要ってこと。

さて、何度も同じような説明でうんざりするかもしれませんが、
人のたましい、これはせいとじんでできています。
そしてこの量が大きければ大きいほど、
密であれば密であるほど、
人は運命をたくさんつくっていきます。
運命をつくるのは悪魔か妖怪です。悪魔妖怪というのがいやなら、天使、みつかい、と精霊妖精でもいいです。ベクトルが違うだけでおなじものですから。それらに魂を意図的に差し出す、あるいは勝手に使われる、などによって、人はいろんな運命をつくっていき、駆り立てられていきます。
じんがモーター、せいがガソリン、または電池のようなものだとおもってくれればいいです。
じんがはたらきそのもののもとになり、せいがなければそれは起動しません。

神仏だってその魂がなければなんにもできないのです。
ふるくうらさびれた、信仰のきえてしまった神社の神仏はなんにもできません。
たましいないからです。
逆に、人がたくさん信仰する神社はたましいがたくさんあります。信仰により、ささげられているからです。
たましいは容易に移動します、
かわいそうと相手をあわれめば、
快楽をえれば、
相手の役にたてば、
よくもわるくも信仰をささげられれば、
そこに魂は移動します。

結界というのは、外にあるものを中にいれないもの、そういった認識がつよいかもしれませんが、実は逆です。

結界をはると、なかのものが外にでていかない、そういった作用がつよいものです。

だからいくら結界はっても、そとのものをそれほど遮断はできません。
中のもの、なかにある魂をそとにいかないようにする、それが結界の本来の役目です。
神社や聖域にたくさんあつまった魂を
そとにいかないようにしている
うちとそとをわけるもの、それが結界です。

神社の中はとっても木々が生い茂っていますね、うちとそと、空気がちがいますね。それを外にださないようにしているのが結界であり、鳥居などです

たましいたくさんある場所だと、それを吸収して、木々は生い茂ります。生気のたっぷり含んだ樹木になります。

そして魂がたくさんあつまればそこに意思がうまれます。精霊とかはそういったものです。名前のない、なにかを依り代とした(木とか岩とかね)魂がたくさんあつまって意思のうまれた存在です。

依代がなくなれば、蓄えられるところがなくなるのですから、霧散して消滅します。

話はタイトルにもどります。

人の肉体をうごかす魂というのはとてもとてもたくさん必要です。肉体を動かす、というだけでもとてもたくさんいるのです。そこで使役したりなんだり、あるいはなにか願いをかけたり、快楽にふけったり。そういうものはこの肉体をうごかして維持する余剰分からおこなわれます。

肉体をうごかせないくらい消耗しているときには、いくら楽しいことをしよう、願いかなわないかな、運命つくりたいなと求めても、なにも運命はうごきません。うごかすだけのものがないのです。

なにもうごけない、しんどい、新しいことをやることもできない、気力がない。そのうえで願っても、なかなか運命はつくれない。求めることはかなわないようになってしまいます。

その場合はまず、肉体をうごかせるだけ、ちゃんとうごいて活動できるくらいに回復して、そこからです。

たましいを増やす、密にするのはさんざんおつたえしていますが、↑で書いた神社の神木の例であげたとおり、たくさん魂を蓄えこんだ植物を食べる、ことで自分のなかに取り入れることができます。

生気をたくさんたくわえた、瑞々しいたべものを取り入れる、生きている魚介を取り入れる。缶詰やレトルトなどの生気のないものではなくて

とりいれるという気持ちで毎日こつこつめしあがることです。鬱々としているときほど生気のつよいものをどうぞ。

かつ、大量に欲しいなら、募金や喜捨をどうぞ。支援を求めている相手に、求めているものをさしあげる。その代わりに魂もらう。

そういうロジックです。求めてもいないのにただ施すのは自己満足です。求めていることを、見返りもとめず差し出すことで、魂もらう、ということですね。

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