生霊や霊についてのあれこれ。

最近生霊やらに悩むクライアント様が多いので、すこしblogでもフォローしておきたいと思います。魂のお話しに絡むものですけれども‥。

 

「じんというものはせいというものに乗るものである。
せいというものがあまりなければ
カラカラとする
せいは失われるものである。
ひとつは
せいをとることである。
せいは
やすむことによっても(ねむることによっても)回復する

霊はせいというものがたくさんあるところによりもとめてやってくる
霊はせいがなければ消耗していく一方だからである
霊はせいが多いところをもとめる
おどおどしているところが
よりせいをあたえてくれるゆえに
おどおどすればそれだけ
よってくる。」

のだそうですから
おどおど、びくびくしていればそれだけ生霊でも霊でももってくるわけで、
おどおどしてない、まったくどうでもいいわ~という人のところには
せいがもれでてないので
やってこなくなります。

 

霊がこわい、生霊がこわい、とおどおどする「心」をかかえていると、それだけ魂というのは「差し出す」ほうに放出されます。

こわい、恐ろしい、なにをされるかわからない、こないでこないで、とおびえる心は、それだけいろんなものをさしだそうとし、さしだそうとするゆえにささげています。

そこに霊的なものはよっしゃよっしゃよっしゃとやってきます。

肉体がなく、食べ物によって せい を摂取できない霊は、結局他から吸収するしかないのです。

せい の強いところ、それこそ魂のあつまるところに密集します。

それが供物がいっぱいあるお墓だったり、水辺だったり、おどおどして、たくさん魂をささげてくれる人だったりするのです。

おびえればおびえるほど、こわい、こわいとおもえばおもうほど、

捧げているのですからよってきます。

意識してください。霊障はご自身が引き寄せているものもあるのです。

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