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指すの神子の社

失望と快楽と

ふたつ前ほどの生地で、わくわく心があれば失望が生まれる、というお話しをしました。

成功心、対抗心、信仰心、なんでもそうですが「心」というのは「しん」であり「神」であり「心」です。

これらが自分の中にあれば、心の中で思考として思いが走ります。思いを作るからこそ「心」なのです。

自分の中に一体でも悪魔があれば、だれかに申したくなります。難しい仕事を成功させたとき、なにか認めてもらいたいとき、自分の身の上、自分の知識、今日あったこと、自分の考えていること、相手に対しての不満、店員さんに対する不満。

そういったものを必要以上に申したくなります。むろん、「これは違います」とかそういう相手に伝えることは問題ではありません。つるつると口が滑るごとく、相手に申したくなります。後から「ああ、あれは言わなければよかった」「いいすぎた」「ちょっと迷惑だったかな」というような後悔することも、つるつると頭の中で抱えていることができず、申したくなります。「きいてよきいてよ」と申したくなります。そういうときはたいてい心の中「ほら、言いなさいよ」「愚痴をいいなさい」「相手と共鳴すべく、ぶつかりなさい」「心の中にある、認められたいという妄執をかなえたいのでしょう」とばかりに魂にささやいているものがあるのです。

そして、相手にそれを申し立て、相手に干渉したとたん、相手とつながって、相手のものがこちらに入ってきます。

相手に干渉すればなぜ入ってくるのかといえば、相手に干渉するというのは相手の世界に入ることです。相手の世界に入るということは、相手の家にお邪魔するのと同じです。手土産もって、相手のところにお邪魔して、申し訳ないからと手土産(自分のエネルギーや運気などなど)をもって、相手にあたえ、相手に与えた分、相手の何かを持って帰るわけです。

相手と自分が同じ重さのときには問題ありません。相手に干渉しても、授受されるものの重さは変わらない。だからこそ、釣り合うのです。友人というのはたいていそういうものです。

ですが、自分が軽く相手が重いときに、相手に干渉したらどうか。当然ぐったりします。あの人なんとなくおもっくるしくて話しかけたくないわ。あの人なんだかやだな、と思うのは、それら干渉しないようにとする魂のストップです。あの人と話すと楽になる、癒されるというのは、相手は自分より軽いのです。

話しが少々ずれました。またタイトル詐欺になるところでした。今日お伝えしたかったことの本筋がまたずれるところでした。

先日お話し下ろした時に

「わくわくするから、失望するのである。

失望心は罪を通す。
失望することにより、人は快楽を求める。
快楽の悪魔をひっぱりこみ、そこに耽る。
快楽を妄執し
快楽からぬけだすことができなくなる。
不倫、というものを考えてみるとわかりやすい。
つまになれぬ、夫になれぬ失望により、快楽をもとめる。
そうすれば、ともにあるときの快楽や、一瞬の喜びは代えがたく、強くまた相手に妄執する。ぬけだそうとしても
失望が強いゆえに快楽もまた強くぬけだすことができぬ。
失望というのは人を罪をひっぱりこむものだ。」

とのお話しがありました。

なるほど、失望があると、そのときにちょっともたらされる快楽に貪欲になるわけです。

失望からもっともっとと快楽をもとめ、快楽を求めるがゆえに、不倫でもギャンブルでもなかなかぬけだせない。

お金をすってしまった失望が大きく、快楽を得ることにもっともっとと妄執してしまい、逃れることができない。

だからこそ、失望と快楽はともにはずし、わくわく心もできればはずしたほうが、楽になれる、というわけです。

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