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指すの神子の社

人に認められることをもとめれば実は。

役のお話

よく、人は人にわかってもらいたい、こうでありたい、認めてもらいたいと望みます。承認欲求です。

あるいは、楽しそうな会話をしている、あの中にまじりたい、絡みたい、自分を絡めてほしい。

自分のいまある不安や恐怖を沈めてほしい、大丈夫だって安心させてほしい。

自分のいいところを認めてほしい、頑張った業績をくみとってほしい。

そういった思い、願いというものがあります。その思いによって運命は作られる、という話を先だっていたしました。

…実はこれは最悪の運命をつくることがあります。
小さいうちに「勉強がよくできて」「絵がうまくてすごいね」とだれかに認められたとします。親でなく他人にすごいね、すごいね、と承認されてしまうと
本来自分が本当にやりたいことでもないのに「褒められる」「認めてもらう」ために勉強したり、絵をかいたり、ピアノを弾いたりとそこに執着してしまいます。
そして、認められるという快感のために、さらに努力して尽くしてしまい、そのうち認められなくなってくるともっともっとと自分を駆り立てます。そして役も運命もたくさんつくり、それでも認められなければ周りと比較したり、こんなにがんばってきたのにとつらくなります。
実は本当にやりたいことでもないのに「認められるから」と人につくられた、みとめられたもので運命をたくさんたくさんつくってしまい、あとから「あれ?」と苦しむものです。本当にやりたいことはなんだっけ?とやりたいことすら自分の中からなくなってしまう。なのに駆り立てられるから、趣味を作らなきゃ、なにかしなきゃと焦る。


認められた、という過去は美しいものですが、そのせいで自分を苦しめることもあります。
人に認められることを求める、というのは実は「ベスト」ではありません。
人というのはいつだって自分勝手なものです。
その時いいなすごいなとおもったものでも、飽きてしまいます。

いま認められたもの、褒められたものでも、いずれ人はそれに慣れ、飽き、あるいはもっと違うものがあらわれると、そちらに目がいってしまいます。


そして一瞬は認められてちやほやされたとしても、やがて去っていく。

ヒットをたくさん飛ばしたとしても、一世風靡したとしても、一時期成功してもりあがったとしても、すごいすごいともてはやされたとしても、いつまでもその状態は持続しません。

「人に認められる」ということは「人に裏切られる」と同義でもありますね。
あれほどみとめてくれたのになんで手のひらをかえしたんだ!と怒りがでてくるということは
それだけ「認められることをもとめて」「みとめられるという麻薬のような快感」を人にもとめていたからです。
それがなくなるとしがみつき、冷たくされると裏切られたと思う。
男女交際も、仕事もそれに終始します。

ずっと認められ続けることに尽くすなど、それは「役」でしかありません。

役は自分を尽くします。消失させていきます。


これをしたら人が認めてくれて、うれしかった…とおもうとそれが欲しくてたまらなくなり
また自分を尽くしてしまう。

あなたがいまやっていることは自分が本当にしたいことですか。

仕事で「認められること」に執着し、苦しくなっていませんか。

いったん立ち止まって「尽くさない」ことで自分を回復してみてはいかがでしょうか。

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