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指すの神子の社

運命についてとりまとめ

因果・因縁・カルマ解消

結局のところ、わたくし自身が「神様(仮定)」の声をおろし、いままで自分の因縁を切っていき、魂とはなにか、神様は何をしてくれるのか、報いはなにか、よく縁結びや良縁祈願などがあるが、そういったものはどういうシステムになっているのか、ご神徳とはなにか、人の運命とはなにか、運はなんなのか、というところを教えていただいているのですが、進んでいき、自分がはずしていって、そうだったのか、とはじめて理解におよぶことがありますので、このブログはそういった真理やわかったことなどを主に書いています。もちろん表でかけないこともこのブログの三倍以上にはなりますが、それもなにかの形でだしていきたいなと思っています。

今回は運命のお話しをすこしとりまとめてみました。

人の運命を作るのは、神様ではありません。その場所に生まれたり、どういう親を選ぶかはその魂の背負ったパラメータによるものがありますが、そこからどういった運命をたどるかはその人の「思い」、思いから起こる「共鳴」、共鳴からなる「相性」によってつくられます。共鳴はまあ、同じ傷や過去があったとしてもおこります。

そしてその共鳴と相性を引き起こすのは悪魔と妖怪です。神様がつくる運命はただ一つ、進化する運命のみです。

小さいころ、覚えてもいないくらいのころ、「親に愛されたい」と思いを強くもった人は、大きくなってからも、親の目を意識し続けます。親に愛されるために、親にはずかしくないように、親に認められるようにと無意識に「親が好む」、あるいは親が認めるような仕事についたり、伴侶選びでもむいしきで親と同じような人を選びます。

小さいころ教育において、「人と協力しましょう、人の気持ちを考えて、人の意見をとりいれ、理解してあげましょう、人の嫌がることはやめましょう」と教わり、同時に「人と競って秀でたことが褒められる、競争して一番をとったらすごい、いい学校に入りましょう」と教わります。この二つは矛盾しています。人の意見をうけ、人の気持ちを考えていれば、人を追い落とすような競争はできません。こうなると矛盾した想いを抱え、「人に認められたいし、一番になりたいけれどもそれによって人の輪を乱したり、嫌われるのは嫌だ、好きな人に告白したいし、その人の一番になりたいけれども相手が自分を好きでなかったら気まずく思われるのがいやだ」などと思いになり、その思いからそれに準じた運命をつくります。

「自分を求めてほしい」という想いが奥底にあれば、求めてくる人をもとめ、求められるように駆り立てられます。

簡単にいってしまえば、自分の積み重ねてきた思いの数だけ運命が作られて行きます。その思いから人と共鳴し、結びつき、また運命が作られて行きます。

運命を変えたいならば、その過去からいまにわたる「思い」を枯らして、身を空にしていき、自分で新たに運命をつくっていくことしかありません。

無数あるだけの思いと過去を外していくのと同じです。

よく人はお金が欲しいといいますが、「お金がないから仕方ない」「お金ないから我慢する」「お金はないものだ」という想いが運命をつくっている方も多い上に、その思いと同時に「お金が欲しい」「お金たくさんもったらあれもしてこれもして、こうやって使いたい」「過去をやりなおしたい」という想いから運命をつくっていれば、あれば使う、あれば浪費する、そしてないから仕方ないとなります。共鳴によってかりたてられれば、すぐ使ってしまうのです。

共鳴つくっていく悪魔をはずし、自分をかりたてる役をはずし、過去をはずし、思いをからす。過去人からつけられた役でなく、まどわされて駆り立てられてやる役でなく、なににも駆り立てられなくなったときに、自分の中で本当にやりたいとおもったこと、それが自分自身です。もしかして何もないかもしれません。自分自身なにもやりたいとか、こうしたいと思うことがないかもしれません。ですが、そこまでくるとある意味自由です。なんであんなにがむしゃらに頑張って会社につくしたり、人にみとめられたいとおもってたんだろう、何にそんなに必死だったんだろうと、思うようになります。そこまできて人はようやっと、これほどに「なにか」にしばられていたことに気が付くのです。

あなたが「ほしい」と思っているものは本当にあなた自身が欲しいと思っているものですか?共鳴して、「それ」が素晴らしい、と「これでなきゃ」と思っているものではないですか。相性はずしたり、共鳴をはずしていくと、いままでいいな、これ欲しいな、と思ったものが軒並み「別にいいや」と思うようになります。本当に必要であれば、求めればよく、そうでないのは、ただ共鳴つけられて、相性誘導されて、欲しいと思ったものかもしれません。

欲しいと思ったものすら、共鳴によってふるわされたものだとわかれば、いろいろなものがいらなくなっていきます。自分自身から不要なものがなくなっていきます。これが本当の断捨離なのかもしれません。

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